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2月24日 NHK BS放送19:30~20:58「玉木宏が行く 遙かなる南米鉄道の旅(2)ブラジル・コロンビア」 が放送されました。

見逃した方は「NHKオンデマンド」(有料)でご覧になれます。

筆者は、オンエアをじっくり楽しみますが、番組を観ていて「どうしても気になる点」がある場合は「NHKオンデマンド」で確認するクセがついちゃいました。

第2回は、ブラジル南部、人口1300万人を越える南米最大の都市サンパウロ、その中心にあるルス駅からスタートします。

ルス駅は、1867年に英国人が設計し英国から運ばれた材料で作られたというまさに英国風の駅です。

ルス駅から玉木さんは、CPTM(Companhia Paulista de Trens Metropolitanos)サンパウロ都市圏鉄道に乗ります。しかし、ホームには列車の行き先表示もアナウンスも無いので乗る列車がなかなか分かりません。トップ画像はルス駅ホームでCPTM10号線を待つ玉木さんです。

どうにか目的の列車に乗って車窓を見ていると、煉瓦造りの廃墟と高い煙突が気になって玉木さんはモオカ駅で下車します。これって自由気儘な鉄道旅の醍醐味ですよね。

玉木さんは、ホームにいた66歳の現地の方に自分が見た建物が何なのか尋ねました。ビール工場の廃墟でした。19世紀末モオカ駅周辺に多く暮らしていたイタリア人移民の労働力を目当てに作られたビール工場の跡だったのです。ドイツ移民のビール職人の下でイタリア人がビールを醸造していました。

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1888年南半球で最後まで残っていたブラジルの奴隷制度が廃止されます。労働力が不足したためにヨーロッパからの大量の移民がブラジルにやって来ます。その半分がイタリア人でした。

1908年には日本からも移民船笠戸丸で集団移住が始まります。そして1993年までに26万人の日本人がブラジルに移住。

現在日系人は200万人。玉木さんは、モオカ駅の西にある世界でも有数の日系人街リベルダーデを訪ねます。日本アニメの人気もあって街は、様々な人種で溢れていました。

番組はここで移民の歴史を象徴する町に週に3回運行される観光列車を取り上げます。自分のルーツを知ろうとするブラジル移民の子孫たちにとても高い人気がある列車です。

ルス駅から出発した観光列車は、CPTMの終点リオグランデダセーハ駅を越え普段は貨物列車しか走らない非電化区間を走ります。ディーゼル機関車が客車を引いてルス駅からⅠ時間でパラナピアカバ駅に到着。英国人鉄道員たちが暮らした英国風の駅と町です。

ブラジルは世界最大のコーヒー生産国。サンパウロ州で収穫されたコーヒー豆を運ぶ為に英国人が鉄道を敷設したのです。

ここで玉木さんは、CPYM10号線に戻ってプレフェイト サラジーノ駅を降ります。

ご自身が4年ほど前から始めた柔術の道場を訪問して本場の「BRAZILIAN JIU-JITSU(ブラジリアン柔術)」を自分の眼で見たかったのです。

ブラジリアン柔術は、日本人の柔道家前田光世さん(1878-1941 通称コンデ・コマ)が1910年代後半に自身の道場でブラジル人カーロス・グレイシーに柔術を教授したことが始まりでした。グレイシーは一族で時間をかけて柔術を洗練させます。その結果ブラジリアン柔術は全ブラジルに広がり隆盛したのです。

舞台は、サンパウロ鉄道の終点だったブラジル最大の港町サントスに移ります。

多くの移民たちがサントス港で船からブラジルの地に降り立ったのです。そしてサントス港は、ブラジルの主要産業コーヒーを世界に向けて輸出する港です。

かつてコーヒーは、鉄道でサントス港に運ばれていました。そして港からはブラジルに着いた移民たちがサンパウロ近郊のコーヒー農園に運ばれていたのです。

サントスの旧市街を走る観光用路面電車が紹介されます。車両は各国から運ばれたものです。これには正直言ってすごく乗ってみたくなりました。

移民の半数をしめたイタリアからはトリノのトラム車両、ポルトガルの港町ポルトからの車両もあります。そして何と最新型は日本の長崎からやってきた1950年製の路面電車です。2014年(平成26年)まで長崎電気軌道を走っていた車両です。今も「4 正覚寺下」の行先表示でサントスの旧市街を元気に走っています。

筆者は路面電車が大好きです。2018年3月に長崎電気軌道に乗りに行きました。これはブラジルにやってきた1950年(昭和25年)製の202形(206号)とほぼ同じ形態の1951年(昭和26年)製211形、同じ「正覚寺下」行です。

※2018年3月 筆者撮影

後半のコロンビアに続きます。

文:鉄道チャンネル 住田至朗

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