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2024年6月2日日曜日 総合20時~「光る君へ」(22)「越前の出会い」です。

越前の松原客館で宋人たちに面会したまひろ(吉高由里子)と為時(岸谷五朗)は、宋人の朱(浩歌)の歓迎の宴に出て初めて羊を食べます。

平安時代、貴族のまひろたちは何を食べていたのでしょうか。その時代に書かれた『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』という百科事典の様な書物に食材や調理法が書かれているそうです。

ふだんは、米(餅米)と野菜を1日2回。貴族は肉体労働をしないので、少量を食べていました。しかも、出汁という調理法は江戸時代以降なので、おそらくは、蒸す、焼く、茹でるなどした食材に、口にいれる際に、塩、酢、醤(ひしお:醬油の原形)などを付けただけの簡素な食べ方だった様です。

冷蔵などありませんから、肉、魚は塩を付けて干したもの、硬く塩辛いビーフジャーキーの様なモノを囓っていたのです。

大きな宴会などでは、刺身や鮑を茹でたものが饗された様ですが、味付けはありません。お湯で茹でたダケ。(笑)

ハッキリ言って、美味しい料理ではなさそうです。

一説によると、平安貴族の死因は、栄養失調に起因するものが多かったと言われています。粗食が健康に良いとは言え、栄養も必要なのです。

さて、宋人の用意した羊料理。好奇心旺盛なまひろは口にいれて「美味しい」と気をつかいます。為時は、酒に酔って即興の漢詩を披露、和やかな時間になりました。

為時役の岸谷五朗さんは、頑張って発音練習をして臨みました。しかしリハーサルで「上手過ぎる」とディレクターからNGが出て、敢えて「訥々と」言ったそうです。(笑)」

その後、越前国府に到着した為時とまひろ。国府の豪華さに気圧されます。

現地の官吏、越前介源光雅(玉置孝匡)、越前大掾大野国勝(徳井優)が挨拶。

彼らは国守にあまり政に関わらせたくない様子です。何と越前介源光雅は、砂金(袖の下)を持って為時を訪ね「政は地元官吏に任せ国守は見ているダケで懐を肥やせる」と言います。為時は「愚弄する気か?」と怒って斥けます。

翌日から国守為時の前に陳情の行列が続きます。地元官吏の嫌がらせです。

宋人の朱は朝廷に献上したいと陳情します。

着任直後のドタバタで疲弊した為時の体調回復に宋人朱は薬師を連れてきます。それが、国府に着いた日にまひろが海岸であった周明(松下洸平)でした。ハリ治療で回復した為時は、朝廷に宋人の献上物を送らせます。

献上品はオウムとヒツジ。藤原実資(秋山竜次)たちは珍しく思った様です。

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伊周(三浦翔平)は、太宰府に向かう途中で病の母を聞き見舞いに戻ってきます。検非違使別当の公任(町田啓太)は、母の見舞いを許しましたが、その時母の貴子(板谷由夏)は亡くなってしまいました。

剃髪した中宮を義姉の悔やみで訪れた道長に、定子は帝の子を身ごもった事を伝え、守護を願い出ます。

中宮懐妊を知った一条天皇は中宮に会おうとしますが道長は制止します。

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一方、朝廷への献上品の到着の礼を伝えに来た宋人朱は、為時の目の前で通事三国(安井順平)殺しの犯人として越前大掾大野国勝に捕らえられます。

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体調不良の為時に代わってまひろが道長に文をだしますが、中宮懐妊などで道長はそれどころではありません。

しかし薬師周明が為時の前に現れ「朱は犯人ではない。その証人を連れて来た。」と何と日本語で伝えたのです。

ここで第23回「雪の舞うころ」につづきます。

何故周明は日本語が話せるのか?

地元官吏たちは、何を企んでいるのか?

剃髪した中宮の生む一条天皇の皇子はどうなるのか?

次回、その先行きが分かるのでしょうか・・・。

文:鉄道チャンネル住田至朗

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